top of page
IMG_4101.jpg

HIRO FUKUCHI

ABOUT ME

<プロフィール>

1966年(昭41)2月4日(小泉今日子と全く同じ日)江別市生まれ。 この日、千歳発の全日空機が羽田沖で墜落し、雪まつりの観光客などでほぼ満席の133人全員が死亡している。1986年、大学在籍時にHBC(北海道放送)のパーソナリティ試験に合格。 その後、深夜番組を担当。バブル絶頂期89年、大学卒業と同時に就職もせず現実逃避、ワーキングホリデー制度でカナダへ。 当時放送されていた倉本聰さんのドラマ「ライスカレー」を見てログハウスメーカーで丸太の皮むき、北米最大のスキーリゾート・ウィスラーでツアーガイドをする。 1年後帰国。 90年 、縁あってHBC(北海道放送)で再び番組を数本担当。(伝説のDJ、 Mr.デーブマン・ジャンボ秀克氏らと番組やイベント共演) 93年 FMノースウェーブ開局時に試験を受け、補欠合格。 同時期UHB (北海道文化放送)夕方の情報番組「ポテトジャーナル」にレポーターとして出演。 「料理が得意」と偽って、料理コーナーのアシスタントを担当し3年続く。 TVh(テレビ北海道)深夜のスキー番組「スキックス」。 その後もHTBでは深夜「TVノース」「ジキルとハイド」、UHB「窓をあけて」「Yoi Don!』「宵note」等にも出演。様々なテレビ局、番組から出演要請をいただく。 FMノースウェーブでは主に週末を担当するが、 2002年には金曜日の朝7時から夜8時まで "Hiro's Friday Station Drive 7-20" を担当。 なんと放送時間13時間!! 2003年新境地開拓、夕方の情報番組HTB『イチオシ!』のMCに。 2005年からはノースウェーブは土曜日『Station Drive Saturday』(ステドラ)を担当。 2007年 HTBでファイターズ応援番組 “FFFFF” がスタート。 フィールド外での選手の魅力を再発見する番組としても道内外から注目されている。 2019年3月、16年間続いた情報番組「イチオシ!」の司会を卒業。2025年4月からステドラは20年目、FFFFFは19年目に突入。

 

<趣味>

ゴルフのHCが10に落ち、ついにシングルから脱落。ホールインワンは通算2回。 (他、サブグリーンのカップに1度)ベストスコア72。6年前から発症のシャンクが止まらず一度はゴルフをやめようと真剣に考える。54歳の誕生日当日ボッチボウリング(「ひとりで」って事)、一日20ゲーム。ベストスコアは265だがこの数年、中断。

1964年製のフォルクスワーゲン・Type2を所有。ハンドルが重くて、寒くて、暑くて、雨の日は危ない(!)。レストアは一旦完了するが現在は車中泊できるベッド仕様に改造。コロナ禍の2020年に初めて函館まで遠乗り後、味をしめて2021年は最北端の稚内へ、2022年にはついに最東端の納沙布岬に到達。富良野・美瑛、函館・松前・枝幸の渡島半島一周、など道内7,000kmのロングドライブを敢行し、無事完走。2023年は4月から車中泊で延べ25泊しながら道内の『128道の駅』を半年間で完全制覇。ポンコツで1万km走破。2024年は再び全道道の駅の旅に出る。今はガレージライフが楽しめる家探し中。音楽はジャック・ジョンソンはもちろん、ステドラの中で紹介するため70年代~90年代のAOR系CDを相変わらずアマゾンで月に数枚購入している。

2019年4月から平日のレギュラー番組がなくなり、ぽっかり空いたスケジュールもついに6年目。週に数回朝散歩しながら森へ写真撮影へ。近所のリスと仲良しに。2024年は「写真道展」に初挑戦し入選。海外旅行はようやく行けるようになったものの、円安が続き、大好きなハワイ渡航もなかなか踏ん切りがつかないまま。2025年は故郷・江別市を元気にするためあれこれ勝手に画策中。

59歳。50代最後の年。還暦カウントダウン。

Copyright​ 2016 - 2025 Hiro Creative office inc. All right reserved.

bottom of page